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支払った保険料を全額会社の経費として計上できる「全損型」の経営者向け生命保険が拡大している。
足元の業績回復で増えた利益を圧縮し、節税したい中小経営者らの間でヒット。超低金利で魅力的な商品の供給が難しい各社には干天の慈雨となった。
一方、解約が集中するといったリスクも抱え、生保には痛しかゆしの商品でもある。
「正直、麻薬のような商品に手を出してしまった」。ある生保幹部はこう打ち明けた。
「麻薬」とは、全損型と呼ばれる経営者を対象にした生命保険をさす。
オーナー経営者らが死亡した時に備え数億円単位の高額な死亡保障が付いた商品。
一定期間後に解約すると保険料の大部分を「解約返戻金」として受け取れる。
経営者にとって最大のメリットは、支払った保険料の全額を損金処理できることだ。
生保各社は中小企業の経営リスクを回避する商品であり、節税を誘導する目的で販売していないという。
ただ、かつての航空機リースなどと同様に節税に利用する経営者も多い。
1つは経営者の高齢化が進むなかで問題になっている中小企業の事業継承だ。
例えば、会社の価値を一時的に目減りさせるため、多額の保険料を払い会社の決算を大幅な減益や赤字にする。
こうして会社の純資産(株価)を下げれば、贈与税も抑えられる。返戻金は経営者の退職金にもなる。
もう1つは足元の業績回復を背景にした利益の圧縮だ。保険料は全額が損金となり、増えた利益を圧縮でき、一時的な節税になる。
景気悪化で業績が傾いた時に解約して手元資金として使えば、本業の赤字と返戻金の利益を相殺できる。
火付け役は、日本生命保険が2017年4月に発売した「プラチナフェニックス」。
その後、東京海上日動あんしん生命保険、アクサ生命保険、第一生命ホールディングス傘下のネオファースト生命保険などが始めた。
ネオファーストでは、50歳男性が死亡保険金1億円(77歳満期)の契約を結べば、年間保険料は300万円程度になる。
日本生命は17年度の販売が約5.2万件だった。当初は減益を見込んでいた17年度決算は増収増益を確保した。
発売から1カ月余りで年間の販売目標をほぼ達成した生保もあるという。市場は数千億円規模とみられる。
生保各社は超低金利で魅力的な商品をなかなか供給できないでいる。
営業現場では「紹介できる商品がない」との悲鳴も上がるだけに、経営者保険は恵みの雨といえる。
一方、売れすぎる副作用を懸念する声もある。
そのひとつは主力の「生保レディー」と呼ばれる職員の稼ぐ力が低下しかねないことだ。
経営者保険は単価が高く、契約を獲得した時に手にする報酬も大きい。
契約目標の達成に大きく貢献するが、頼りすぎると「コツコツと個人宅を訪問する営業職員の足腰を弱らせる」(生保幹部)という。
経営の健全性へのリスクもある。経営者保険は中小企業に販路を広げる「ドアノック」商品と位置づける生保も多い。
「基本的に利ざやの薄い商品」(生保幹部)で、経営体力のある大手でなければ扱うのが難しい。
無理な商品設計をした保険がないか、金融庁は商品認可後に聞き取り調査を始めている。
全損型保険の多くは5年・10年後といった特定の期間に、保険料の返戻率が最大になるよう設計してある。
同じ時期に解約が殺到すれば、保険会社に多額の支払いが発生することも懸念される。
(日本経済新聞 2018/07/25)